研究内容
- レーザ弾性波源走査法による配管内の付着物の遠隔計測
- 視界不良・高線量下での超音波による空間可視化
- 金属3次元積層造形体のインプロセス欠陥検査
- ウェーブガイドを用いた超音波フェイズドアレイ用バッファの開発
- クライオ超音波検査におけるレーザ超音波の適用
- 超音波スペクトル解析による接着継手/コーティング層の非破壊特性評価
- 薄層や薄肉部における局所共振現象の解明と応用に関する研究
- 超音波を利用した接着剤/樹脂の硬化モニタリングと界面改質法
- 有機電界効果トランジスタの解析
- マグネシウム合金の力学特性評価
- 機械学習とスーパーコンピュータの融合
1.レーザ弾性波源走査法による配管内の付着物の遠隔計測

レーザにより固体材料中に超音波を発生させ,固体材料中を伝搬して表面に現れた振動を別のレーザにより検出する手法は,レーザ超音波法として非破壊検査,材料評価に利用されてきました.当研究室では,このレーザ超音波法を大型構造物の診断,特に配管検査に利用するための計測方法(レーザ弾性波源走査法)の研究を進めています.
本研究では,その応用展開の一環として,原子力発電所廃炉のための配管内付着物の遠隔計測への適用を目指しています.上の図は,内側に模擬的な付着物を取り付けたパイプを3.5mほど離れた距離から計測した結果です.付着物がレーザ照射面側にある場合には,付着物の画像が得られることが示されました.
本研究は,JAEA英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業,JPJA23P23812910「非破壊検査を応用した配管ジオメトリ可視化技術開発(代表:鳥居建男福井大学教授)」の助成を受けて実施しています.
主担当:林高弘
2.視界不良・高線量下での超音波による空間可視化

福島第一原子力発電所の廃炉作業において,燃料デブリの取り出しが最重要課題の一つとなっています.そのデブリ取り出しの際,粉じんや懸濁粒子のために視界不良となり光学カメラや赤外線カメラではデブリや工具,周辺環境を視認できなくなることが多い.またこれらのカメラは,放射性物質の近くでは正しく機能せず壊れてしまうこともある.
そこで本研究では,新しい空間認識のための可視化技術として,超音波フェイズドアレイ技術を検討している.ここで利用を検討している低周波数帯域(20 kHz~1 MHz)は,粉じんや懸濁粒子のサイズに比べ十分小さく,超音波は回折して物体まで到達するため,問題なくフェイズドアレイ技術が利用できると考えている.さらに,超音波センサーは,圧電セラミックと受動素子で構成されており,半導体チップを一切含まないため,放射線に強い.このことから,空間認識する箇所には超音波フェイズドアレイ探触子を近く(たとえば1mなど)まで接近させ,アンプやAD変換器のような半導体を含む計測装置部を放射性物質から離れた位置に置くことで,視界不良下,高放射線量下という困難な環境での可視化技術が可能となると期待し,東北大学,日本大学,大阪大学環境エネルギ工学専攻と共同で研究を遂行しています.
本研究は,JAEA英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業,JPJA24P2420343「視界不良・高線量下での空間認識のための超音波可視化技術(代表:林高弘)」の助成を受けて実施しています.
主担当:林高弘
3.金属3次元積層造形体のインプロセス欠陥検査

パウダーベッド方式の金属3Dプリンタでは薄い金属粉末の層ごとに焼結・溶融して造形箇所のみを固めることを繰り返し,3次元形状を作成します.そのため,これまでの切削加工では実現できない形状の部品の製作が可能となっていますが,空隙や溶融不備などにより微小な欠陥が発生しやすく,造形体の強度低下を引き起こしていました.さらに,完成した造形体は複雑な形状であることが多く,完成後の検査は困難なものがほとんどでした.造形体表面に現れる欠陥であれば,カメラ画像などで検出可能ですが,表層近傍に埋もれる欠陥も多く,その検出技術が課題となっています.
当研究グループでは,レーザ照射により発生した超音波を利用して,表層近傍にある微小欠陥を非接触で画像化できる技術を開発し,造形しながら検査が可能となる基礎技術を完成させました.本技術はプレスリリースされています.
主担当:林高弘
4.ウェーブガイドを用いた超音波フェイズドアレイ用バッファの開発

超音波フェイズドアレイ技術がいたるところで利用されるようになっています.この手法は,多数の素子から出力,受信される超音波波形を処理することで,材料内部の欠陥や界面などの反射体の画像を取得できる技術です.一般に,超音波フェイズドアレイ探触子を対象物に接触させて利用するため,供用中の配管のような高温になる対象物には,その適用が難しいとされています.また,このような高温対象物への超音波検査の際には,超音波探触子と対象物との間に熱伝達を緩和するバッファ材を挿入し,探触子の温度上昇を低減しつつ,超音波を対象物へ入射するという手法がとられています.しかし,超音波フェイズドアレイ技術とバッファ材を併用しようとすると,内部の画像が得られないことが波動論から証明されています.
そこで,超音波フェイズドアレイの振動素子1つ1つに対し,薄板状のウェーブガイドを取り付けることで,ウェーブガイド出口に超音波フェイズドアレイ探触子が実在するような波動伝搬形態として,バッファを取りつけつつ内部欠陥の画像化を可能としました.現在は,薄板ではなく,丸棒などのより適切な構造を使って,薄板利用時に課題となる遅れエコーの課題を解決しようとしています.
主担当:林高弘
5.クライオ超音波検査におけるレーザ超音波の適用

三次元積層造形などで製造される複雑な形状の金属部材に対し,水浸法による検査は種々の要因により難しいのが現状です.1つ目の要因は,部材表面が平面になっていないため,水浸法で良く行われるCスキャンによる画像化が難しいことです.2つ目が,水と金属部材の音響インピーダンスの差が大きくなることに起因して,材料内部に超音波が伝達しにくくなること,超音波の臨界角の影響で斜面に対してエネルギが伝達しないことです.
それを克服するために,Cincinnati大学のFrancesco Simonetti教授らのグループでは,水を凍らせ音響インピーダンスを引き上げ,氷の表面からフェイズドアレイ探触子を用いて超音波を送受信する手法により,斜面や複雑な構造内の欠陥を検出できる技術Cryo超音波検査法を確立しました.
当グループでは,Cincinnati大と共同で,Cryo-UTにレーザ超音波を組み合わせるLaser Cryo-UT技術にトライしています.金属材料表面に空気,水,氷がある場合に対し,その表面にパルスレーザを照射して超音波を励振すると,それぞれユニークな超音波伝搬形態を示しました.
主担当:林高弘
6.超音波スペクトル解析による接着継手/コーティング層の非破壊特性評価

近年,締結具や穴加工が必要な機械的接合に比べて軽量化や応力集中の緩和が期待できる接着接合に注目が集まっています.接着は,以前より航空機構造における代表的な接合技術の1つでしたが,最近では自動車や各種デバイスなど幅広いスケール・用途の構造に対して適用が拡大しています.
接着接合が抱える課題の1つとして,接合後の継手が示す特性のばらつきが挙げられます.接着特性を非破壊的に評価できる手法の確立は,さらなる接着の普及に向けて必要不可欠です.本研究では,超音波を接着継手に入射した際に層内で生じる干渉・共振現象に着目し,接着層やコーティング層,接着層/被着材界面の特性に対する定量的評価法の確立を目指しています.
主担当:森直樹
発表論文
- N. Mori, N. Matsuda, T. Kusaka, “Effect of interfacial adhesion on the ultrasonic interaction with adhesive joints: a theoretical study using spring-type interfaces,” Journal of the Acoustical Society of America, 145 (6), 3541–3550, 2019. https://doi.org/10.1121/1.5111856
- N. Mori, D. Wakabayashi, T. Hayashi, “Tangential bond stiffness evaluation of adhesive lap joints by spectral interference of the low-frequency A0 Lamb wave,” International Journal of Adhesion and Adhesives, 113, 103071, 2022. https://doi.org/10.1016/j.ijadhadh.2021.103071
- N. Mori, Y. Iwata, T. Hayashi, N. Matsuda, “Viscoelastic wave propagation and resonance in a metal-plastic bonded laminate,” Mechanics of Advanced Materials and Structures, 30 (18), 3803–3816, 2023. https://doi.org/10.1080/15376494.2022.2084191
7.薄層や薄肉部における局所共振現象の解明と応用に関する研究

吸音材や弾性波フィルタなど音や振動を制御するための構造・デバイスを設計する上で,固体中を伝わる弾性波の伝搬挙動に関する理解は不可欠です.構造中の局所的な剛性低下部では,弾性波の波長で関係付けられる振動数において局所共振が発生することがあります.この現象は,特定の周波数域における弾性波の増幅/遮断や,弾性波伝搬方向の制御に応用できると期待されます.
本研究では,薄層や薄肉部で生じる局所共振現象について実験や数値解析による基礎的検討を行うとともに,超音波による非破壊評価や弾性波伝搬挙動のアクティブ制御への応用に向けた取り組みを進めています.
主担当:森直樹
発表論文
- N. Mori, T. Hayashi, “Ultrasonic interference and critical attenuation in metal-plastic bilayer laminates,” Journal of Sound and Vibration, 547, 117531, 2023. https://doi.org/10.1016/j.jsv.2022.117531
- A. Sasaki, N. Mori, T. Hayashi, “Tunable elastic wave transmission and resonance in a periodically aligned tube-block structure,” Journal of the Acoustical Society of America, 156 (1), 44–54, 2024 https://doi.org/10.1121/10.0026462
8.超音波を利用した接着剤/樹脂の硬化モニタリングと界面改質法

接着における結合力を発生させる相互作用として,アンカー効果(機械的結合)や分子間力,化学結合などが挙げられますが,それらが発現する過程やメカニズムには未解明な点が残されています.本研究では,接着剤に代表される樹脂材料の硬化過程に対する超音波モニタリング法の構築と確立を目指しています.樹脂の硬化中に粘弾性特性の変化を評価可能であることに加え,固体内部を伝搬できるという超音波の特長から,接着継手など他の材料と複合された構造に対する適用が可能となります.
さらに,接着層で生じる局所共振現象に着目し,硬化中の接着層に超音波を入射し共振させることで界面の強化を図る共振処理法に関する研究に取り組んでいます.入力する超音波の周波数や入射時間,振幅を制御することで接着状態の改質が可能になるという結果が得られており,最適な超音波入力条件や接着強化のメカニズムについて検討を進めています.
主担当:森直樹
発表論文
- N. Mori, T. Hakkaku, T. Hayashi, “Curing monitoring of adhesive layers between metal adherends by ultrasonic resonance technique,” Measurement Science and Technology, 36, 015605, 2025. https://doi.org/10.1088/1361-6501/ad8f51
9.有機電界効果トランジスタの解析

有機電界効果トランジスタ(OFET)は,フレキシブル回路,センサー,メモリストレージなどの分野において重要なデバイスとして位置付けられています.しかしながら,その性能は無機デバイスと比較すると劣る部分が見受けられます.このため,OFETの性能向上には,有機半導体層の特性を精密に制御することが不可欠です.
近年,運動論的モンテカルロ法などの分子レベルのシミュレーション技術が飛躍的に進展し,電荷キャリアの微視的挙動を再現する能力が向上しています.しかしながら,これらの手法は二次元ポアソン方程式に依存しているため,短距離の静電相互作用を十分に反映できていないのが現状です.
本研究では,三次元偏微分方程式ソルバを適用し,電荷キャリア間のクーロン相互作用を完全に考慮したOFETデバイスのモデリングに成功しました.高いゲート電圧において,三次元ポアソン方程式に基づく転送特性は下方に曲がる傾向が示され,二次元ポアソン方程式に基づく特性よりも低値を示すことが確認されました.この結果は,実験結果と良好に一致することを示唆しています.
主担当:劉麗君
発表論文
- Adv. Theory Simul. 2024, 2301259. https://doi.org/10.1002/adts.202301259
10.マグネシウム合金の力学特性評価

マグネシウム(Mg)は最も軽量な構造用金属であり,重い鋼やアルミニウム合金の適切な代替品として位置付けられています.しかしながら,Mgは常温での塑性成形能力が乏しく,従来のMg合金の強度はほとんどのAl合金に劣る傾向があります.常温での成形性の悪さは,底面のすべり系と他のすべりおよび双晶系との間の臨界分解せん断応力(CRSS)の極端なギャップによって説明されます.この低CRSSはMg合金の強度を制限する要因となるため,底面すべりの強化がMg合金の強度や変形能力,さらには破壊靭性の向上に重要になります.
本研究では,単結晶Mg–Ca合金におけるCRSSを予測するための理論モデルを提案し,分子動力学計算を通じて1 Kから500 Kの範囲における底面に沿った〈a〉転位滑りのCRSSを定量的に調査しました.提案した理論モデルによる予測結果は,Mg–0.3at.%CaおよびMg–0.6at.%Ca合金の常温でのシミュレーション結果およびマイクロピラー圧縮試験結果と良好に一致することが確認されました.
主担当:劉麗君
発表論文
- Materialia 32 (2023) 101900. https://doi.org/10.1016/j.mtla.2023.101900
11.機械学習とスーパーコンピュータの融合

材料構造の最適化や新規材料の設計には,高精度な計算手法による特性予測が不可欠です.従来のマクロスケールモデリングは実スケールのシミュレーションに対応していますが,経験的アプローチに依存するため計算精度が制限される傾向があります.一方で,第一原理分子動力学(AIMD)などの原子レベル手法は高精度であるものの,計算コストが高く,シミュレーションできる時間と空間のスケールに制約があります.化学反応や相転移はミリ秒からマイクロ秒で発生するため,AIMDではこれらの現象を再現することが困難です.したがって,高精度かつ高速な解析手法の開発が求められています.
本研究では,機械学習を用いた原子間ポテンシャルモデルを採用し,ポテンシャルエネルギーと原子間力の精度を維持しつつ,スーパーコンピュータ「富岳」での最適化を行いました.その結果,第一原理計算精度を保持しながら,分子動力学(MD)の計算速度が31.7倍向上し,12,000ノードで1日あたり149ナノ秒を達成することができました.
主担当:劉麗君
発表論文
- Proceedings of the International Conference for High Performance Computing, Networking, Storage, and Analysis (SC ’24). IEEE Press, Article 30, 1–15. https://doi.org/10.1109/SC41406.2024.00036